「聴く力」を育てる音楽教育

エドガー・ウィレムスの音楽教育を日本で初めてご紹介するページです。

ウィレムスによる内的聴感の育成方法

先週の記事でご紹介しました通り、ウィレムスの音楽教育では「心の耳=内的聴感」を育てることを非常に大切にしています。

kazuenne.hatenablog.com

 

ウィレムスの言葉を借りれば、内的聴感は、「意識的、あるいは自発的に形成」されるものであり、高度な次元に到達すると、「演奏家には議論の余地のない優位性」を、「作曲家には独創的あるいは天才的な性質」を授けるものである、ということです。

思わず「本当?!」って言いたくなってしまうような凄まじさですね。

でも、仮にこれが本当なのだとしたら、「意識的、自発的に形成」されるということですから、育てていかない手はない!とも思いませんか・・・?

 

また、ウィレムスは他の場所で、「芸術を教えることはできないが、音楽的資質は教育することができる」と明言しています。

というのも、ウィレムスがジュネーヴ音楽院で教鞭を執り始めた当初、同僚の教授陣たちは「音楽的資質は教育できないもの」と捉えていました。

このために、先天的に良い耳をもっているかどうかが、音楽を専門的に学べるかどうかの判断材料になっていたようです。

ところがウィレムスは、その「先天的に良い耳をもっている」と評されて入学してきたはずの学生たちが、楽器の練習に毎日膨大な時間をかけているにも関わらず、練習の直後にすら自らの演奏していた楽曲を正確に歌うことができなかったり、演奏の問題点を認識できていなかったりするほどに「聴く」ことが置き去りにされている現実に直面しました。

楽器を演奏するための身体的な感覚が明らかに聴覚より優位にたち、「音楽」を損なった技術偏重主義な教育・・・ここに、ウィレムスは厳しい批判の目を向けています。

 

こうした背景のもと、ウィレムスは自身の著書である『音楽的な耳 第2巻(l'Oreille musicale TOME. II)』の中で「いかにして内的聴感を発達させるか?(Comment dévelipper l'audition intérieure?)」という節を設け、その教育方法について具体的に言及しています。

これはかなり珍しくてありがたいものです。

なぜなら、内的聴感の重要性を訴える文章は世の中にたくさん見つけられるのですが、それではどうやってその能力を育成できるのかについて具体的に書かれたものは本当に少ないからです。

 

・・・というわけで、前置きが長くなりましたが、今日はそのウィレムスによる「内的聴感の育成法」についてご紹介します。

 

「いかにして内的聴感を発達させるか?」

ウィレムスの言及をまとめると、大きく次の8つの方法に分類することができます。

1.指導者が、ある簡単な歌のリズムを手で叩き、学習者に何の歌のリズムであるかを考えさせる。

 

2.指導者が、ある歌の歌詞を、声を出さずに唇で言い(口パクし)、学習者に歌を想像させる。この時、どんなに小声であっても歌詞を声に出してしまうことは音を想像させることを妨げるので注意する。

 

3.学習者に、ある歌のある一つのフレーズを歌わせ、その直後に同じフレーズを心の中で唱えさせる。

 

4.短い歌を何度か歌い、繰り返すたびに、終わりの1音節、次に2音節・・・と、次第に言葉を消していく。例えば、「きらきらひかる おそらの ほしよ」 という元の歌詞があったら、まずは「きらきらひかる おそらの ほしー」のように「よ」の部分のみを内的に補完する。2回目は「きらきらひかる おそらの ーーー」、3回目は「きらきらひかる ーーーー ーーー」というように、回数を重ねるごとに内的に補完する音節を増やしていく。この後、一つのフレーズ全体を頭の中で思い浮かべさせてから声に出して歌わせる。

 

5.一つの音に対する聴覚を強くするために、ある音を10秒間、声に出し続けさせる。次第に発声の時間を延ばしていく。学習者がその音を声で保っている間、指導者はピアノで別の音を弾く。まずは学習者の歌っている音とそれほど不協和ではない音から、徐々に学習者を惑わせるためにあえて不協和な音を増やしていく。

 

6.学習者がある曲を歌っている途中で、指導者が「はい!」と合図する。この合図を機に、学習者はそこからの歌を声に出さずに心の中で唱える。次の「はい!」の合図を機に、再びその時点で頭の中で歌っていた箇所の続きを声に出して歌う。

 

7.指導者が黒板に2小節ほどのリズムを書き、学習者はそのリズムを元に任意の旋律をつける。最初はそれを声に出して歌い、次に声に出さずに歌う。

 

8.7の反対の実践も行う。つまり、指導者は、一つの旋律を構成することができる一連の音高のみを黒板の五線上に書き連ね、学習者に任意のリズムをつけさせる。それを、最初は声に出して歌い、次に声に出さずに歌う。

 

7番目と8番目の実践例については、ウィレムスが著書の中で譜例を示してくれています。

 

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譜例N°5のaとbがそれぞれ7番目=指導者がリズムを与えて、そのリズムに学習者がメロディをつける実践例、N°6は8番目=指導者が音高のみを提示し、学習者がリズムをつける実践例です。

 

上記8つの実践例を分類してみると、

 

1.サイレント・シンギング

2.音とリズムを分離すること

3.音に対する意識を強化すること

 

の、3つの傾向があるといえそうです。

この他にも色々な記述があって、例えば、「楽器を演奏する者は、楽器の音を出さずに演奏することによって、同様の効果を期待できる」と述べています。

つまり、ピアニストだったら音を出さずに鍵盤の上で指を動かすことによって聴覚的な想像力をはたらかせることができる、ということですね。

このことについては、楽器を演奏する方は感覚的によくわかるのではないでしょうか?

 

内的聴感の育成に関する実践例をここまでざっと見てみて、いかがでしょう?

こういう実践を継続的に行なっていたら、少しずつ「心の耳」が育ってくるような気がしませんか?

少なくとも、物理的に聞こえるものだけを聴くのではない「もう一つの耳の存在」には気づけると思いますし、音に対する意識も、より研ぎ澄まされたものになるのではないかと感じます。

そして、その意識こそが重要なのだと私は思います。

ウィレムスは内的聴感の育成に向けた実践について、自分より先行してリトミック創始者でもあるエミール・ジャック=ダルクローズやその愛弟子リディー・マランが進めてくれていたおかげで、自分はさらに深めることができたと謝辞を語っています。

その上で、子どもたち自身が知っている歌から入ろうとするアプローチはウィレムス独自のものだと考えられます。

ウィレムスはこれ以外にも本当に多くの場所で内的聴感の重要性について言及していますので、機会があればまたご紹介していきたいです。