「聴く力」を育てる音楽教育

エドガー・ウィレムスの音楽教育について研究しています

すべての子どもに音楽教育を!

「すべての子どもに音楽教育を!」

これは、ウィレムスが著書の中で実際に言っている言葉です。

ウィレムスの音楽教育は、全ての人に開かれています。

個人的には、ウィレムスの実践内容は専門家育成にも通用するような質の高いものであると感じていますが(そして、実際に専門家も育ってきていますが)、ウィレムス自身はそういうことは謳っておらず、むしろ幼稚園や小学校といった公教育の場で実践することも想定しています。

実際に、スペインのある小学校では、学校全体が荒れて人気がなくなってしまったために立て直しを図り、学校教育の中心に音楽教育を置いてウィレムスの音楽教育を中心に実施したところ、子どもたちに繊細な聴覚が育ち、静寂を聴くことができたり、集中力が高まったり、想像力や創造力が高まったり、表現力が高まったりといった、たくさんの良い効果をもたらして、現在では入学したくともなかなかできない人気校になったという事例もあるそうです。

この事例もそうですが、ウィレムスの実践は、「人間を育てるための音楽教育」という側面が強いと思います。

また、「人間」と「音楽」の緊密な関係性に対する発見は、ウィレムスの教育思想の出発点でもあります。

 

少し話は変わりますが、いま私が読んでいる海老澤敏先生の著書『むすんでひらいて考:ルソーの夢』の「あとがき」の中で、20世紀の哲学者ヴィクトル・ツカーカンドルの著書『音楽者としての人間』を取り上げて、以下のように述べられている箇所を見つけました。

西洋近代音楽の論理を極めたはずの著者が、〈音楽性〉とはなにかを問い、本当の音楽性とは、いわゆる音楽的才能に恵まれ、かつ専門的に訓練されることで獲得される排他的な能力や技術ではなく、すべての人間に内在する資質として捉えていることはまことに印象深い。

人間と音楽の関係は密接であり、根源的なかたちでからみ合っていて、人間は音楽なしに、音楽は人間なしに存在し得ないほどのものなのだ。

この文章、私はまるでウィレムスの思想について語られているのではないかと思ってしまうほどに似通ったものを感じてしまいました。

これらの事柄がどのような文脈で語られているのか、ツカーカンドルの元の本もぜひ読んでみたいと思いました。

「人間」と「音楽」という二つのキーワードは、どちらもウィレムスの音楽教育を語る上で欠かせない重要なものですので、こちらについてもまた機会を改めて書いてみたいと思います。